Pretty Beast

スイーツデコ、テディベア、ミニチュアを制作するユニットPretty Beastの公式サイトです。
メンバーはスイーツデコ、ミニチュア担当の「ちっちゃいもの屋さん・如月もなか」とスイーツデコ、テディベア(ベア雑貨)、オルゴナイト、アンシェントメモリーオイル、レイキヒーリング、球体関節人形等々担当の「灯りがかり・彩里知矢」のふたり。
年1のペースでデザインフェスタに参加。creemaさんで作品を販売しています。知矢のベア類は、百貨店のベアイベントでもお取り扱いがあります。
web制作、グラフィックデザイン等につきましては、現在ご紹介のみお受けしております。

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2018.08.09 Thursday

祈りの長崎

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    時々書いているような気がしますが、私たちは長崎県の出身なので、この日はいつも登校日でした。

    町中でサイレンが鳴ります。

     

    広島ではもう登校日が1日になった、とききました。

    そう、広島・長崎は、通常の登校日の他に原爆投下日に登校日だったんです。

     

    小さい頃はなんで2日間も学校にいかないといけないか分からなかった。

    しかも小学1年生から、実写映画の「はだしのゲン」を見なければならず、昔の映画だから余計に生々しくて、しばらく眠れなかった記憶があります。

    (その後はこっそり隠れるという技を身につけてみないようにしてました)

     

    長崎市の原爆資料館も、これはきちんと見ておかなければ、と思ってはいましたが、途中から苦しくて駆け抜けたのを覚えています。

     

    まあ、今考えると、私の感覚過敏、共時性羞恥等々からすると、無茶なことだったのだと思います。

    溶けたガラスや、亡くなった方の衣服など、そこから当時の光景が広がり、具合が悪くなりました。

     

    もちろん、まだ持ち主の念が宿っていたのかも知れません。

     

    そして何より、親が戦争経験者です。

    まだ幼かった母は、避難の最中、山の中で祖父に見捨てられ、次の日幸いにも叔母に発見されて家に帰ったそうです。

    戦時中ですので、祖父がとった行動はある意味間違ってはいません。
    戦争はそういうものなのです。

     

    母は「きのこ雲をみた」と言っていました。

     

    長崎は広島と違い、山に囲まれていたから被害が少なかった、ともいいます。

    しかし、福島の件でもわかるように、直接的被害がなかったとしても放射能は広がっています。

    そして地球が自転している限り、広がり続けるものでもあります。

     

    なので直接的な被害はなくとも、私の母もいわゆる「ベクレてる」のだと思いますし、

    母から生まれた私も「ベクレてる」のだと思っています。
    被爆者手帳を持っている方とも接触しています。
    なので、福島の時に簡単に「ベクレてる」という人達に怒りを感じていました。
    ベクレてるといって差別をする人達はありえなかった。
    だから、それが何だ?
    その人達に責任があるのか?
    接触して被害が広がるレベルであれば、その方は病院で入院してます。
    人と人が接触するだけでも自然に発生する放射能もあります。
    そんなにベクレるのが嫌なら、自分の子どもを抱っこすることもやめればいいし、
    電気がないところで暮らせば良い。
    そして何より、広島・長崎には立ち入らないで欲しい。
    当時は除染などしていません。
    そもそもそんな知識などありませんでしたから。
    広島は原爆投下後、わずか3日で電車が走りました。
    それは一刻も早く日常を取り戻そうとした人々の努力です。
    それをベクレる、というのであれば、その地域にいかなければいい。
    チェルノブイリにも青森にも行って欲しくない。
    もう今は大丈夫だからと都合の良いことを言う人達には腹が立つのです。
    自分勝手な軸、ぶれまくり。
    次は自分かも、家族かも、友達かも、大事な人かも…
    そういう想像力が働けば、単に「ベクレる」などと拒否するのではなく、
    何をどうすればよりよい方向に持って行けるのか、生産的なことができると思います。
    それができないのなら、自分が家族がベクレた時に同じように差別され、
    無意味に傷つけられてもそれは当たり前のことだと我慢してください。
    死ぬまで。
    だって自分がやってきたことだから、当たり前ですよね?
    異常気象、様々な問題の発覚。
    今までの考え方を変えなければ未来はないのです。
    どうしたら次の世代に何かをつなげるか。
    一人一人が考えなければならない時代です。
    人間は肉体がある限り、わかり合うことはできません。
    でも、想像力を働かせて、歩み寄ることは可能です。
    できるなら、未来が愛と希望に満ちた世界でありますように。
    毎日色んな記念日がありますが、忘れられない日です。
    黙とう。

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